水のたび、いのちのたび  #5 村長も、子どもも、大人も。みんなで楽しむ

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「水」を真ん中に、世代も立場も越えて一緒に過ごした一日。最後に残ったのは、学んだことだけではなく、人と人のつながりでした。

最後は、参加者・出演者・スタッフみんなで記念撮影。

「水のたび、いのちのたび」の最後に撮った集合写真。子どもたち、お父さん、お母さん、かわちゃん、料理をつくってくれた舞さん、スタッフ、ルスツリゾートのみなさん、そして留寿都村の村長。たくさんの人が、同じ場所に集まりました。

この日つくりたかったのは、誰かが誰かに一方的に何かを教える「講演会」ではありませんでした。村長も、子どもも、大人も、出演者も、スタッフも、みんなが一緒に楽しめる会でした。

大人も子どもと一緒にろ過実験に夢中になる。かわちゃんもみんなと同じ食事を食べる。スタッフも参加者と話をする。村長もその輪の中にいる。そこには「行政」「企業」「出演者」「参加者」という境界があまりありませんでした。

「水」を真ん中に置くと、人と人もつながっていく。

水を守ることは、一つの会社だけではできません。行政だけでも、研究者だけでも、地域の人だけでもできません。だからこそ、最初の入口はもっと開かれたものであっていい。

一緒に実験する。一緒に驚く。一緒に食べる。一緒に笑う。そして、その中で自然について考える。そんな場から始まる連携があってもいいのだと思います。

水は、行政のものでも、企業のものでも、研究者のものでもありません。この地域に暮らす人、ここを訪れる人、子どもたち、そしてその先の未来を生きる人たち、みんなにつながっているものです。 「水のたび、いのちのたび」は、子どもたちに水を教えるためだけのイベントではありませんでした。水を真ん中に置くことで、世代や立場を越えて、人と人がつながる。そのことを実感できた一日でした。

山から水へ。水から食へ。水から海の命へ。そして、水から人と人へ。

最後の集合写真に写っている笑顔を見ると、この一日そのものが「水のたび、いのちのたび」だったのだと思います。これからも、地域のみんなが同じテーブルにつき、楽しみながら自然の未来を考えられる場所をつくっていきたいと思います。

自然の中で同じ料理を囲む。そこから会話が生まれます。

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